« 野球よりも面白かった・・・・かっこよかった・・・ | メイン | ギリシア・ローマ世界における他者 第2章 »


ギリシア・ローマ世界における他者 第1章

september 05, 2004 | About Book

「ダイモーン」の顕現
 -『イリアス』・『オイディプス』・『ソクラテスの弁明』のおける-

 神と人間の関係における「ダイモーン」なるものの存在についての講演を起こしたもの。ここで取り上げられている「ダイモーン」とは「人間を超えて存在する非合理的な何か」であり、それは「神」と対極にありながら、神と見紛うばかりの何かを発揮する力として存在し、認識されている。

 人間は生きていくうえで自らの期待にそぐわぬ出来事に遭遇したときに「何らかの作用」を感じ取り、それに恐怖にも近い感情を持つ。が、自らの期待を越えるような出来事に遭遇したときは「(宗教的なものではなく象徴的なものとしての)神の力」を感じ取り、「畏怖の念」を持つ。

この二つの違いを決めるのはあくまでその人間の思惑、期待、欲望である。

 それを踏まえて真の「デーモン」的なものは人間の中、つまり自己の中に存在していると考えられる。
これが自己の中の「他者」として存在するもの=「デーモン的なる他者」。これが転じて「デーモン」=悪魔という概念が生まれ、認識されていく。

ということをギリシアの文学から読み解くという講演であった、と解釈しました。
 残念ながらここで取り上げられている三作品を読んでいなくて「あらすじ」ぐらいしか理解していないので間違った認識かもしれないが、非常に興味深い内容。
特に「オイディプス」における「デーモン」的なるものの捉え方の変容については人間(つまりオイディプス)の「内なるデーモンを認め、受け入れ、それを克服していく」強さの賛歌とも取れる。

ここには宗教的な「力あるものへの畏怖」というものはなく、自らの罪を受け入れ、その中にある「制御しがたいナニモノ」かを認め、受け入れていく原動力として「自らの存在」だけを拠り所としている、いわゆる人間の本質の力強さにより強い光を当てるための「闇としての他者」があるだけ、である。


トラックバックの受付は停止中です


コメントの受付は停止中です。