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ギリシア・ローマ世界における他者 第3章

september 05, 2004 | About Book

ギリシア悲劇におけるギリシア的なものと非ギリシア的なもの

 ギリシアでは演劇が盛んであり、詩人がさまざまな悲劇を謳い、それを演じてきた。そのギリシア悲劇の中より、「ギリシア的なもの」とその対極にある「非ギリシア的なもの」を対比させつつ、理性の時代と呼ばれた「紀元前5世紀のギリシア」における「他者」とギリシアの関係に迫る論考。

ギリシアでは「バルバロイ」(蛮族)という言葉がある。これは「鳥のさえずりの様なわけわからぬことをいう人」という意味である。
その「バルバロイ」として最初に登場するのが「ペルシア人」であり、彼らの中に「非ギリシア的」なものを見出す。やがて起こるペルシア戦争にてギリシアが勝つことによりその民族的優位性は(ギリシア人にとってのみ)決定的なものとなり、バルバロイの意味が確立していく。これは非常にわかりやすい説明だと思う。

理性の時代に上演された悲劇を年代に合わせて読み解いていくと「非ギリシア的」とされるバルバロイという他者の存在が徐々に変わっていく。『ペルシア人』という悲劇ではまさにバルバロイはペルシア人そのものであり、彼らの持つ非ギリシア的なものからギリシア的なものを守り抜く戦いを謳っている。
悲劇は繰り返し上演され、その中で『非ギリシア的』なものをめぐる悲劇が繰り返されていく。『オデュッセイア』では知ある者のオイディプスが『アポロンの神託』を受けた際に自らがなぜその神託を望んだのかを忘れ去り、結果として神託が成就し、彼に悲劇が襲い掛かる。
 なぜオイディプスを悲劇が待ち受けていたのか、そこには『ギリシア的なる物の中の慢心』というバルバロイが彼らの中に存在し始めていたからとなる。
そして、最後に取り上げられた悲劇『オレステス』ではついにギリシア人の中に『バルバロイ』が現れ、彼らの中に内在する『非ギリシア的なるもの』が顕在化する。

今、某超大国が抱える『内なる非超大国的なるもの』の問題を2500年前のギリシア悲劇の中に見出すことができる。果たして、彼らはそこから何かを学び取ることができるのか?


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